死後経過時間の推定に誤差を与える要因

 死後経過時間(PMI)の推定には以下の要因を考慮して、単純に計算した値より前後しないか補正する必要があります。これらの要因を見極めるのには昆虫学者が現場で実地検証するのが良いですが、出来ない場合は状況を分かってる法医学者、警察とコミュニケーションしながら判断しましょう。

 また温度や天気、遺体現場の状況を詳しく昆虫学者伝える、虫の証拠を漏らさずことがPMIの推定の精度を左右します。

 これらによりPMIの推定値が間違うこともあるので、おかしいと思ったら警察、法医学者、昆虫学者で以下の要因についてコミュニケーションして検証しましょう。

 

温度

冷蔵による成長速度への影響。

発育ゼロ点以下の温度なら成長が止まると仮定されるのが普通だが、Archer, M. S.et al., 2017によると、冷蔵の間、低温で餌を与えなくても、僅かだが体長が変化し、齢も進む事が分かっている。

Myskowiak & Doums (2002):4℃で冷蔵する期間が長くなるほど冷却終了から羽化に至るまでの全成長時間は影響を受け、1齢幼虫と前蛹を冷蔵した場合は減少し、2齢幼虫と蛹では増加する。

Johl & Anderson (1996): 3℃で1日冷蔵すると、どの段階で冷蔵が行われたかにかかわらず、成虫の出現が24時間遅れる。

 死体安置所の温度設定が発育ゼロ点以下でも遺体袋内外の温度はそれより高く、ウジは成長する(Huntingtonほか、2007)。

1,遺体をできるだけ早く検死、2,ウジ集塊の温度の測定、3,2のデータがない場合は、PMIに推定誤差が生じると考える。非接触体温計で測定してはどうか。

 

* 1日の内の気温変動の影響。1日の平均気温が同じでも、気温が変動する場合と一定では成長速度が異なるという報告もある(Niederegger, Pastuschek, & Mall, 2010, Greenberg, 1991)。

* ウジ郡衆のサイズの増加に伴って自己発熱によって温度が上昇する(Heaton,2014, Heatonほか,2014 )。そのため、大気温度を用いて計算すると死後経過時間を長く見積もる可能性がある。Heaton,2014によると、L. sericataのウジ群衆を300,600,1200、1800、2500個体で22度の一定温度で飼育して、それぞれについて気温とサーモグラフィーで群衆温度を測定し、これらを元に各成長段階のADHを計算し比較した。その結果、1齢の間の成長速度は群衆サイズに影響されないが、2齢では群衆サイズが600を超えると気温で測定したADHは群衆温度で計算したADHよりも低く、3齢の摂食期では全ての群衆サイズで気温で測定したADHは過少評されていた。

* 吊るされた遺体では風の影響で熱交換が促され、地面上のものよりウジ群衆の温度が上がりにくく、変動する。有効積算温度から死後経過時間を推定すると、大気温度を用いるよりもウジ群衆の温度を用いたほうが精度高かった。(Marchenko, 2001)

 

* 現地の気温の推定誤差:事件が発生した現場に最も近い気象台のデータを用いて線形回帰分析モデルを適用して温度を推定する方法が最も一般的だが、Jeongほか(2020)では、風量、風速、湿度、降水量、季節(春、夏、秋、冬)、測定時間(時間の四分位:0:00-6:00、6:00-11:00、11:00-17:00、17:00-0:00)を組み入れた線形SVMモデルが最も精度が高かった。また直射日光を受けていたり、水に浸かっていたりする場合、大気温度と死体の温度が異なることも考慮する必要がある。

 

 

天気

* 雨でも飛来、産卵するのか?三枝ほか2009で豚の死体を野外に留置して、開始から2日は雨で、42時間後に初めて卵塊が確認されてる。雨により死体に到着するまでの時間(PAI)が伸びると考えられる。

 

時刻

* 夜間の活動:末永斂(1963)によると「ハエ類が活動する時間は適温下で概ね日の出から日の入りの時間に一致する」「低温時には朝から明るくなっても気温がある程度上昇するまでは活動が見られず」とある。Tessmerら(1995)は夜間(21時から翌朝5時)に産卵しないと主張している。しかし、Greenberg, 1990では薄暗または暗闇でも産卵することが確認されている。

 

環境

* 室内だと大型の侵入できないか、遅れる。この場合、小型で小さな隙間から侵入できるノミバエ科がPMIの推定に重要になる。

* 乾燥すると革皮様化といって、皮膚が硬くなり、蚕食が困難になります。(一杉先生より。蚕食:じわじわと侵食していくさま)

 

化学物質

* パラコート剤で服毒自殺した場合、成長速度に影響する(三枝、2005)。パラコート剤8.7 µg/gとこれを含まない対照群で比較したところ、ヒロズキンバエ、ホホアカクロバエともに蛹化開始が遅れた。ヒロズキンバエではパラコート剤により幼虫が最大長に達するまでと蛹が観察された時間が48時間遅れた。ホホアカクロバエでは蛹化開始が24時間遅れた。

 

* 衣服が可燃物や潤滑剤、塗装材で汚れている場合は、昆虫が侵入が遅れる。雨や空気中の湿度の上昇は、化学物質を死体組織に移行させ、忌避効果を高める。日射と気温の上昇は、衣服に付着した物質を蒸発させて乾燥させる傾向があるため、化学物質の組織への移行を防ぎ、昆虫の侵入を加速させる。(Marchenko, 2001)

 

* Wangほか2021に法医昆虫毒性学についてまとめられており、モルヒネ、ジアゼパム、ケタミン、メタンフェタミン、パラセタモール、ジアゼパム、コカイン、コデインがウジの成長を加速、マラチオン、メタンフェタミン、マラチオン、アルコール、アミトリプチリンが減速させていた。

 

早熟卵

* 通常の卵よりも早く孵化する早熟卵が知られている。ホオアカクロバエでは野外で捕獲したメスの8.8%が早熟卵を持ち、早熟卵から成長した幼虫に基づいたPMI値は24時間以上減少する可能性がある。(Davies & Harvey, 2012)

 

蝿蛆症(ハエウジ症)

* 人が生きてる時にハエのウジが寄生する症状。

 

推定法の問題

* 最大長の個体が最初に入植したと考え、この個体をもとに死後経過時間を推定するのが一般的。しかし、精度を上げるには全ての齢を含むランダムサンプリングが望ましい(Wells, et al., 2015)。

* 特に成長に適した範囲の端や低温で、有効積算温度定数は、厳密には一定ではないかもしれない(Amendtほか,2007)。Reibeほか, 2010によると、ADH値は摂食後と蛹期において温度に依存してカーブを描く。

* Greenberg (1991)は、同種でも産卵から羽化までの発育時間は世界のさまざまな地域で異なる可能性があると指摘している。

* 最大長の個体をサンプルするのが普通だが、Wellsら、2015によるとそれだと精度が悪く、代わりにランダムサンプリングを推奨している。しかしながらランダムサンプリングを用いた成長データは少ない。

 

遺体由来の虫を捕獲できていないかも

* 大型甲虫は死体の移動により離散してしまうので、死体現場での採集が必要(三枝ほか2006)

* 離散期に入るとウジは死体から離れるので見逃す可能性がある。


文献についてはGoogle スプレッドシートにまとめてあります。